追加したのは誰の意志だったのか?


んあー。頭がオーバーヒート。
考えすぎてよくわからなくなったので、いったん消しました。


問題になっている「おふくろさん」の追加部分は本来、
コンサートの場で、母をテーマにした2曲「うさぎ」と「おふくろさん」を続けて歌う時に
2曲を自然につなぐためのブリッジ(つなぎ)部分として作ったものであって、
これらを続けて歌う時のみ、コンサートの場限定のものとして作られたらしいと。
つまり、「おふくろさん」のアタマであると同時に、「うさぎ」のケツの部分でもあると。


その部分の詞を作ったのは確かに保富庚午氏ですが、
「おふくろさん」を単独で歌う時に冒頭にくっつけて
あたかも一つの曲であるかのように歌うのは
本来の意図とは異なる使い方をされたことになるのかも。


そういうふうに使おうと決めたのは誰だったのでしょうか?
森進一が自ら発案したのか、制作スタッフの指示に従っただけなのか。


ちなみに「うさぎ」は、作詞:保富庚午、作曲:猪俣公章 です。追加部分と同じ。


それから、追加部分によって「おふくろさん」の主人公の立場が
まったく変わってしまう、という意見もあるようですが、それは違うのでは?


「亡くなった母。いま脳裏に浮かぶのは、小さい頃の僕をいつも叱っていた姿ばかり。
 あの頃はイヤで惨めで仕方なかったけど、今はその叱っている姿さえ愛おしく思える。
 あなたの声が聴きたいよ。優しい言葉でなくてもいい、また僕を叱っておくれよ」


…という意味だと、俺は自然に解釈してたんですけど。


詞の方向性のセンスは好き嫌いがあるとしても、
少なくとも「僕はダメダメ人間に育ちましたゴメンナサイまた叱ってください」とは言ってないでしょう。
“いけない息子の僕でした”って、ちゃんと過去形で言ってるんだし。